『双葉の記憶』はなんですか?

みなさんこんにちは。ふたさぽ芳門です。

先日、宮城県仙台市にあるせんだい3.11メモリアル交流館に行ってきました。

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ここは東日本大震災を知り、学ぶための施設です。震災発生から住民がどのように避難し、生活を立て直してきたか、そのときの様子や教訓となる展示がされていました。

 

そして、もうひとつの役割がこの施設にはありました。
津波に流されてしまった仙台市沿岸地域の、震災より前から続いてきた暮らしの記憶を掘り起こし、残していくことです。

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この沿岸部の手書き地図には、カラフルな付箋紙で来場者が書いた「地域の記憶」がどんどん付け足されていきます。

「部活で砂浜を走った」
「小学校で初めて運動会に出て1位になった」
「新米ママのとき、子どもとの過ごし方に迷い、園芸センターに良く行っていた」
「〇〇トウフやさん美味しかったな~また食べたい」

など、住民のみなさんの中にある、それぞれの時、それぞれの記憶が、カラフルな形となって描かれていました。

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仙台市沿岸部のみなさんに丁寧に『地域の記憶』を聞いた冊子もあります

実はふたさぽでも、双葉町民のみなさんに震災前の「地域の記憶」のお話を聞いて、それを書き起こす活動を少しずつ始めています。

「双葉町ってどんなところですか?」と町民に聞くと、
「何にもねぇ」と返ってくるのですが、いえいえそんなことはありません。

じっくりお話を聞いていくと・・・

「うん。新山町。あっただい、元は。今はねぇだはぁ。」(双葉町に昔は映画館があった!)
「大変な忙しがったんだど。ほんでもやってきたよ。ずっと。」(毎日何千個も給食のパンを焼いてた!)
「ミットなんか無いから手だろうね、手でこう。三角ベースっていって、1塁と3塁しか無くて、あとホームベース。」(小さい頃、稲刈りが終った田んぼで野球をしていた!)

みなさんのペースで語られる記憶には、

その人がどんなことが辛くて、何が楽しかったのか。
そのときどんな風に話して、何を想ったのか。
周りにはどんな人がいて、何を伝えてきたのか。
双葉町がどんな景色や空気の場所だったのか。などがたくさん含まれているな~と思います。

そんなみなさんの中にある「双葉の記憶」を聞くと同時に、その人の「人生のあらすじ」を聞いていくようで、とても面白くて、大切にしなくてはいけないものだと実感しています!

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仙台の海です!

ふたさぽメンバーに会った際は、ぜひ「双葉の記憶」を聞かせてください。

(ふたさぽ 芳門)

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【みんな大好き山野草!】

みなさんこんにちは。
ふたさぽの安谷屋です。
いつも「ふたさぽブログ」をお読みくださりありがとうございます!
そのふたさぽブログで9月27日にご案内の通り、今年も福島県郡山市といわき市の2会場で町民作品展覧会が実施されました。

今日はそのいわき会場で展示された山野草について書きたいと思います。

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人気の山野草コーナー

30点ほどが並ぶ山野草のコーナーは、来場者のほとんどが足を止め、見事さにほれぼれしたり、懐かしさで他の来場者に声をかけたりしていきます。その様子から、双葉町民はもちろんですが、それ以外の来場者のみなさんも、植物に関心が高く、名前や育て方をある程度ご存知なのがわかります。出品者のKさんも交えて、育て方やもともとどの地域の山野草なのかなど、話が盛り上がっているシーンを何度も見ました。展示された草木とそれについてのやりとりを少しだけご紹介します。

安谷屋「Kさん、これは何て言うんですか?」 Kさん「マユハケだ」
安谷屋「Kさん、これは何て言うんですか?」 Kさん「マユハケだ」
来場者「この部分はどうやって作ってるんですか?」Kさん「普段は土に被ってる根っこだ」 来場者「じゃ、土を取り除いて見せてるんだ~へぇ~」
来場者「この部分はどうやって作ってるんですか?」 Kさん「普段は土に被ってる根っこだ」 来場者「じゃ、土を取り除いて見せてるんだ~へぇ~」

可愛がって育てた山野草について、ああでもないこうでもないと言いながら紹介するKさんはとてもたのしそうで生き生きして見えました。そして改めて、双葉のみなさんの生活が畑の作物や草花にいかに彩られていたのかに想いを馳せました。

草花の名前に明るくなく、枯れずに植物の世話をするのが苦手な私ですが、身近にグリーンを置いてみたくなりました。
冬に向かう今の季節、どんな植物が適しているのか、早速調べてみようと思います。

ふたさぽ安谷屋

【双葉のお盆~昆布で七夕?!~】

こんにちは。ふたさぽ芳門です。
みなさんお盆はゆっくり過ごされたでしょうか?

今回は双葉町でのお盆についてお聞きしてきました!

お話いただいたのは現在御年92歳の男性Mさんとその奥様です。

Mさんが子どもの頃は、お盆になると親戚やご近所さんのところへお線香を上げにいったときに、
普段は食べられないお菓子や砂糖がもらえるため、お盆が楽しかったそうです。

そんなお盆の時の、ご先祖様へのお供えものについてお話を聞きました!

仏壇には、マコモという植物でできたゴザに、さらに蓮の葉をのせた上に
おはぎ
果物
野菜
精霊馬・精霊牛(きゅうりに足をつけた馬、茄子に足をつけた牛)
などのお供えものをしたとのこと。

さらに一番驚いたのは、
仏壇の両脇に笹を飾り、その笹に昆布を飾っていたそうです!

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Mさんに書いていただきました!色は芳門が塗りました。

まさに「昆布の七夕飾り」のような見た目かなと、私は妄想しています。
なんと豪華なお盆飾りです!

お盆が終わると、お供えものをマコモのゴザで包み、昆布で縛って
双葉町の中央を流れる前田川に流していました。

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双葉町を流れる前田川。のどかです~ ※東日本大震災以前に撮影※

前田川に流すこの風習は、流されたお供えもので用水路が詰まってしまう、ということで
いつの頃からか禁止になったそうです。

お盆飾りは、双葉町内でも地域や、宗派によっても違いがありますが、
前田川にお供えものを流すことは、多くの方がやっていたようです。

双葉町を離れてしまっている現在では、お盆の習慣も縮小してしまっているとのことでしたが、
海があり、川があり、桃や梨などの果物が採れる双葉町だからこその習慣が、お盆にもあるんだなぁと感じました。

ふたさぽ芳門

 

【田植えはお祭り】

「田植えは一種のお祭りだ」

みなさんこんにちは。ふたさぽ芳門です。
5月は全国的に田植えの時季ですね。

出張の道中、田んぼに水が張られていてとても良い光景です!

今回は、先日双葉町民の方から聞いた「初田植え」の話をご紹介します。
これは田植え機が無く、手で一束、一束田植えをしていた昭和50年代ごろまでのお話です。

「初田植え」はその名の通り、その年に初めてする田植えのこと。
たくさんの田んぼがあった双葉町でも、もちろんこの初田植えの時季がやってきていました!

朝の4:30から始まって1日ががりの作業になるその日は、
家族はもちろん、「結」と呼ばれる互いに労力を出し合って助け合う仲間や、田植えのために雇った人など、
たくさんの人が集まり「今日は○○さんの家だ」と、総動員で田植えに取り組んでいたようです。(もちろん馬も)

注目すべきは、そのときのごはんです!

おふかし(お赤飯)
カツオの焼きつけ
キャベツのおつけもの
お煮しめ
タケノコ料理
さらには当時のごちそうであったバナナやコロッケなど

旬のものを使ったお祝い料理が振る舞われたのです。
さらにおふかしをご近所さんにも配っていたそう!

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「豊作を願って」
「田植えをしてくれる人に感謝をして」
「また来年も協力してもらえるように」

などの想いを込めながらみんなでごちそうを囲む風景がこの時季の恒例だったようです。

「田植えは一種のお祭りだ」とある方が言っていました。

その言葉の通り、大勢の人が集まり、助けあい、ごちそうを囲むことで、
「田植え」という重労働を、少しでも楽しくみんなで乗り越えようする大切な時間だったようです。

その後、田植え機が開発され、人手が少なくても田植えができるようになってからは、この風習も徐々に無くなってきていたとのこと。

先日、初田植えの時の振る舞いを囲む場面に遭遇しました。
そのときに聞いた言葉「双葉町を離れてしまった今、米づくりができないとこういう文化も無くなっていくんだねえ」。

このような文化・風習を大切にしていきたい、という気持ちが伝わってきました。

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ふたさぽ 芳門(よしかど)

【思い出詰まったそれぞれの桜】

こんにちは、ふたさぽ小幡(おばた)です。

新年度が始まり、皆さんの中にも新たな部署へ異動された方も少なくないかもしれません。私も今年度は広報業務のサポートをすることになりました。

そこで本格的取材の第一弾として天候にも恵まれた中、双葉町内の桜の撮影に同行しました。町内へは支援員活動を開始して間もなくに立ち入って以来、2年7か月ぶりでした。その時は双葉町についてほとんど知識がない状況でしたので、何を見ても、「ここが役場なんだ。」、「ここが双葉中学なんだ。」と言った感じで、主な場所の確認しかできませんでした。

しかし、今回はこれまでに町民の皆さんから聞いていた町への思いやたくさんの思い出などを胸に刻んでの立ち入りになったことで、これまで訪れたことがないのになぜか懐かしい気分になった場所がありました。

町民の皆さんと桜について話しをすると、「前田川堤防の桜並木」や「町立図書館の桜」などを挙げられる場合が多いのですが、自分たちの行政区や通勤・通学の途中に見ていた桜などを挙げられる方も多くいました。今回撮影した桜はどれもほぼ満開で、1本で存在感を示す桜もあれば、まとまって植えられ、近づくと花が迫ってきて埋もれそうな気分になる桜などさまざまでした。町民の皆さんそれぞれが思い出と共に自分の桜を持つ気持ちが少し分かったように思います。

前田川堤防の桜
前田川堤防の桜

 

今回の撮影には役場やふたさぽ関係者以外にも双葉町芸術文化団体連絡協議会(通称芸文協)写真部の2名にも協力いただき、2チームに分かれて町内を回りました。私は長塚地区で生まれ育った方と町の北側の桜を撮影しました。この方は撮影対象となった白山神社が子供の頃の遊び場でお社(やしろ)の屋根に上ったりもしていたそうで、「罰当たりなことをしていたなぁ」と懐かしそうに話していました。

白山神社の桜
白山神社の桜

 

今回の取材はこれまで以上に双葉町の良さや町民の皆さんの思いを理解するために必要な機会で、「百聞は一見に如かず」をまさに身をもって知ことができました。

ふたさぽ 小幡