【家族っていいな】

みなさん、こんにちは。ふたさぽ飯嶋です。

今回は活動の中で、双葉のみなさんから聞いたお話を少しだけ。

みなさんは、今どなたと暮らしていますか?
私はふたさぽのお仕事をするため、一人暮らしをしています。当初は一人暮らしに憧れていましたが、双葉のみなさんのお話を聞くと、「家族っていいな~」「こんな生活いいな~」なんて思うこともあります。

震災前は、3世代、4世代、家族みんなで過ごしていた人が多かったのが、震災後、家族が離れ離れで暮らすことを余儀なくされた方もいると思います。
しかし、大きな変化が起きてしまった中でも、双葉のみなさんが考える家族・家庭の姿には、とっても心があったまります。そんな心温まる瞬間を、少しご紹介したいと思います。

<夫婦像>
「母ちゃんいねぇと、食器の場所もわかんねぇんだな」
「うちの母ちゃん、嫁にきたんに、おれよりずっと〇〇家のこと知ってんだから、たいしたもんだ」
「うちの母ちゃんはおっかない!」けど実は…「母ちゃんいないと生きていけねぇ」と奥さんの知らないところで語る旦那さん。
「お見合いで結婚したって、こうやって50年以上一緒にいんだ。笑」

<家族像>
「娘は友達みたいなもんだ」
「なんだかんだと呼ばられっちぇ、娘さのとこいかなっかなんね。孫守だ、まったくどうしようもねぇなぁ。笑」
「震災のとき、これからどうしようかみんなパニックだった。そんなとき、孫の笑顔にうんと癒されたんだ。孫は宝だ」
「子どもが結婚して、孫ができて。でも変わらず子どもたちが仲良し。バラバラに住んでいても大家族みたいなもんだわ」
「お姑さんては、うんとすごい人だった。でもね、最期までみとれて感謝している」
「子どもが小さいとき、お義母さんがいなかったら育てらんなかった」
「(息子さんから家を建ててほしいと言われた際)お盆に帰るうちとか、自分にとっての実家がやっぱり欲しんだべなぁ、若い人は」
「家族ってね、やっぱりいいもんだよ」

他にもまだまだありますが、町民のみなさんから聞いた言葉はどれもあったかくて、こんな夫婦っていいな、こんな家族って素敵だなって思います。
それはきっとみなさんは意識していない自然のことで、ふたさぽだから気づいてしまった発見なのだと思います。そこがまた素敵さを増しています。

空気のような存在であり、でも言葉では表せないつながりがある存在でもあり、そんな風に自然と同じことを思ってる人の集まりが家族であり、その人の居場所にもなっていくのが家庭なのかなと思いました。

これからも将来の自分の人生の糧にするため、町民のみなさんの素敵な姿を盗んでいきたいなと思います。

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双葉町埼玉自治会盆踊り。夫婦、親子、孫などみんな勢ぞろいしました。

(ふたさぽ 飯嶋)

 

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【ふたさぽコミュニティチーム記念日~5年目に入りました】

みなさん、8月12日が何の日かご存知でしょうか?

4年前の今日、ふたさぽコミュニティチームが活動を開始したので、いわゆる「ふたさぽコミュニティチーム記念日」です。

昨年は山根光保子が3つのキーワード「★走りながら考える」「★テレビ会議」「★町民の声」とともに活動を振り返りました(2016年8月18日の日記)。

今年は安谷屋が、ふたさぽコミュニティチームの人数変遷とともに振り返ってみたいと思います。

 

▶ふたさぽコミュニティチームの人数変遷一覧 (広報ふたば紹介文は①~⑩の数字をクリックするとご覧になれます)

年月

参画

卒業

人数

広報ふたば

紹介文掲載号

出来事

2013年8月

小林、芳門

2

10月号 

いわきと郡山で

活動開始

2013年9月

小幡、

山根光保子

4

10/11月号 

2013年11月

田村

5

12月号 

ふたばのわ 

第1号創刊 

2013年12月

安谷屋

6

1月号 

2014年3月

田村

5

2014年4月

飯嶋

6

5月号 

加須拠点誕生

2014年5月

小野

7

6月号 

2014年8月

西田

8

9月号 

2014年9月

山根麻衣子

9

10月号 

2015年1月

秋元

10

2月号 

2015年3月

西田

9

2016年3月

小林、小野、

山根麻衣子

6

2016年4月

鈴木、山下

8

5月号 

2017年3月

小幡、山下、安谷屋※1

5

郡山拠点での

活動終了

※1 ふたさぽは卒業しましたが、2017年4月以降も双葉町復興支援員事業に携わっています 

※2 山根光保子、鈴木が育児休業中のため、実働は3人です 

 

こうして一覧にしてみると感慨深いものがあります。参画時に広報ふたばに掲載された記事を久しぶりに見直すと、文章や写真の表情から参画に当たっての意気込みが改めて伝わってきます。一覧に記載した「出来事」以外でも、町の事業として、町民交流施設が郡山、加須、いわきに開設されたこと、タブレット事業がスタートしたことなどがあり、いろいろ思い出します。

これまで、町民のみなさんには、ヒアリングや取材に行った先で少しずつ、私たちの活動を知っていただいたり、何が必要かを考えるヒントをいただいたりしてきました。そのような日々の中、時には厳しいご意見もいただきますが、いつも温かく自分の子どもや孫のように心配してくださったり、貴重なお話を聞かせてくださったりすることが、とてもありがたく私たちの活動のエネルギーになっています。

2017年8月13日から、ふたさぽコミュニティチームの活動は4年目に入りました。私たちはこれからもきっと毎日、新しい双葉を発見しその度にまた双葉を好きになりながら、活動を続けていきます。

元ふたさぽ 安谷屋貴子

 

ふたさぽロゴマーク

『双葉の記憶』はなんですか?

みなさんこんにちは。ふたさぽ芳門です。

先日、宮城県仙台市にあるせんだい3.11メモリアル交流館に行ってきました。

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ここは東日本大震災を知り、学ぶための施設です。震災発生から住民がどのように避難し、生活を立て直してきたか、そのときの様子や教訓となる展示がされていました。

 

そして、もうひとつの役割がこの施設にはありました。
津波に流されてしまった仙台市沿岸地域の、震災より前から続いてきた暮らしの記憶を掘り起こし、残していくことです。

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この沿岸部の手書き地図には、カラフルな付箋紙で来場者が書いた「地域の記憶」がどんどん付け足されていきます。

「部活で砂浜を走った」
「小学校で初めて運動会に出て1位になった」
「新米ママのとき、子どもとの過ごし方に迷い、園芸センターに良く行っていた」
「〇〇トウフやさん美味しかったな~また食べたい」

など、住民のみなさんの中にある、それぞれの時、それぞれの記憶が、カラフルな形となって描かれていました。

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仙台市沿岸部のみなさんに丁寧に『地域の記憶』を聞いた冊子もあります

実はふたさぽでも、双葉町民のみなさんに震災前の「地域の記憶」のお話を聞いて、それを書き起こす活動を少しずつ始めています。

「双葉町ってどんなところですか?」と町民に聞くと、
「何にもねぇ」と返ってくるのですが、いえいえそんなことはありません。

じっくりお話を聞いていくと・・・

「うん。新山町。あっただい、元は。今はねぇだはぁ。」(双葉町に昔は映画館があった!)
「大変な忙しがったんだど。ほんでもやってきたよ。ずっと。」(毎日何千個も給食のパンを焼いてた!)
「ミットなんか無いから手だろうね、手でこう。三角ベースっていって、1塁と3塁しか無くて、あとホームベース。」(小さい頃、稲刈りが終った田んぼで野球をしていた!)

みなさんのペースで語られる記憶には、

その人がどんなことが辛くて、何が楽しかったのか。
そのときどんな風に話して、何を想ったのか。
周りにはどんな人がいて、何を伝えてきたのか。
双葉町がどんな景色や空気の場所だったのか。などがたくさん含まれているな~と思います。

そんなみなさんの中にある「双葉の記憶」を聞くと同時に、その人の「人生のあらすじ」を聞いていくようで、とても面白くて、大切にしなくてはいけないものだと実感しています!

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仙台の海です!

ふたさぽメンバーに会った際は、ぜひ「双葉の記憶」を聞かせてください。

(ふたさぽ 芳門)

【おしゃべりは心の栄養】

みなさん、こんにちは。ふたさぽ埼玉チームの飯嶋です。
毎日暑いですね!拠点のある埼玉県加須市では、すでにセミの鳴き声が聞こえています。。

今回は、活動の中で出会った、年長者のみなさんのことを少しご紹介したいと思います。

先日80代の町民のお宅へ、80代の町民のみなさん数名が集まるということで、くっついて行ってきました。

これまでも80代、90代の町民のみなさんが集まる機会をつくるため、すこーしサポートをしてきましたが、今回で3グループ目の集まりでした。

震災後、避難所を出て以来の再会、会いたい人にやっと会える喜び、会えない期間は人それぞれですが、毎回抱き合いながら涙するみなさんの姿に、こちらまでつい涙がでてきます。

双葉にいたら、「今日は〇〇ちゃんとこ行ってくっかなぁ」「その辺歩ってれば誰かに会うんだわ」「お茶飲みさこ~」なんて、自分の意志で、自由に行き来し合っていたみなさん。
震災後は、避難先地域に同じ双葉の人がいなければいないほど、また年を取れば取るほど、会える機会は減っているのが現状です。

誰かに会うとなれば、まず連絡先をどうにか手に入れるところからスタートです。
その後も、高齢であるほど、誰かの協力が必要(一人で出歩くのは不安なため)となり、日程調整も何人もとやり取りをしてやっと決まります。そしてやっと会える。

ただ会うだけなのに、いくつものハードルがあります。

だからこそ、会った時の喜びは、人一倍なのかもしれません。

会いたい人と会うことや町民同士で話す機会が少ない人ほど、会ったときには、
「なんでこんなところで生活しなきゃいけないんだろう」
「双葉の匂い、空気、環境、我が家…あの場所にいきたい」
「懐かしい人と話してると、双葉が恋しくなる。帰りたい・・・」など、戦争を経験して、双葉という土地を守ってきた年代のみなさんにとって、双葉は特別な場所であり、双葉を想う気持ちは止まらなくなります。

でも、時間が経てば、だんだんと、双葉での楽しい思い出話に花が咲き、
「いや~なつかしい」
「あの頃は楽しかったな~。今度また〇〇さ行ってみっか!」
「最初は行くのどうしようかと思ったけど、やっぱ外出るのはいいな~。今度は〇〇ちゃんちさいこう」など、大笑いしながら、前向きな言葉も飛び交います。

やえちゃん
写真をみながら懐かしそうに話す80代町民の手

みなさんそれぞれに、想いを持っていること、双葉の皆さんにお会いする度に感じます。
こうやって、いろんな話をして、思いっきり笑って、日々を過ごすことが何よりの心の栄養になるのだと教えていただきました。

年長者の想い、また年長者を支える家族の想い、それぞれの立場はあるものの、こういった家族会を通して、お互いの想いに触れ、感謝しながら生活している様子が伝わってくる、そんな瞬間に立ち会っていると、ふたさぽになってよかったなという思いになります。

これからますます暑くなる毎日。
家に引きこもってばかりいないで、たまには外の空気を吸って、人とおしゃべりして、笑って、心を健康にすることも大切なことなのかもしれないですね。

(ふたさぽ 飯嶋)

「コミュニティ支援」からみえるもの

みなさんこんにちは。元ふたさぽの安谷屋です。

梅雨時期、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

今日は普段「コミュニティ支援」という仕事をしながら思うことを綴ってみたいと思います。

コミュニティ支援をしていると、私自身の家族、とくに亡くなった二人の祖母のことをよく考えます。

それは町民のみなさんが私たちにいろいろなお話をしてくださるからです。

娘時代たのしみにしていたこと、お嫁に行った先の苦労、お嫁さんがよくしてくれることへの感謝などなど。

笑ったりときには涙を流したりしながらのお話しを聞きながら、こんな風にゆっくり詳しく、祖母に話を聞いたことはなかったなと、少しさびしく申し訳ない気持ちになることがあります。


父方の祖母は沖縄県宮古島で
95歳まで生きましたが、神奈川県に住んでいた私が祖母と一緒に過ごすことができた時間はわずかでした。

昭和2年生まれの母方の祖母は概ね神奈川県内で暮らし、3年ほど前に亡くなりました。父方の祖母よりは近くに住んでいたので、もっともっと会いに行くことはできたはずでしたが、年齢が上がるに連れ訪ねることは減っていました。

2人ともに娘時代があり、結婚し子どもを産み、配偶者を看取り、また戦争も経験しています。どのように暮らし、何に喜び、何に苦労したのか…

 

双葉町のみなさんから、「双葉にいたときはね」と、日々の暮らしについて聞いたり、家族のお話を聞いたりする中で、コミュニティとか家族とか、私たちが大切に思っているものについて考えるようになり、「どうして私は祖母たちからもっと話を聞いておかなかったんだろう」と思うようになったのです。

これまでもブログに書いたことがありますが、「コミュニティ支援」と言いながら、やっぱり私自身が双葉のみなさんに「支援」されています。暮らしや家族の大切なものが何なのか、いつも双葉町のみなさんからヒントをいただいたり教えていただいたりしています。その感謝を胸に、少しくらいは恩返しができるよう仕事していきます!引き続きよろしくお願いいたします。

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お話しを聞かせてくださるみなさんは、背中も語ります!

(元ふたさぽ 安谷屋貴子)